自分の感じる生きにくさを切り拓く人はいるものだ

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こんにちは、Mera(@meramera440)です。

 

僕は人づきあいが得意ではないので、特定の異性と親しくなることはほとんどありませんでした。

 

「子供が可愛いな」と感じることはあっても、結婚に対する興味や憧れは湧きません。

 

周りの「結婚したい」「彼氏が欲しい」「彼女が欲しい」という気持ちが、僕にはあまり理解できないのです。

 

そんな"世間とのズレ"についてお話をしようと思います。

 

 

僕と友達との間にズレが生じた

僕の親しい友達は比較的恋愛に積極的で、「いずれは結婚したい」という人が多いのですが、僕は「え?なんで結婚したいの?」とよく疑問に思います。

 

誤解を招くようで恐れ多いのですが、僕にとっては結婚は『家族を最優先する誓いを立てること』のようだと感じています。

 

既婚者の方は「いやいや、結婚はもっと幸せなことだよ」とおっしゃる方がほとんどだと思います。僕もなぜこんなに結婚に対して抵抗感があるのか不思議なくらいです。

 

ただ、最近になって、僕は『どんな時においても、特定の人・物事のみを最優先する』ことが苦手な人間であることが分かってきました。

 

ただ単に飽きっぽいだけかもしれませんが、「今、自分が興味のあることには全部注力したい」「違うことに興味を持ったら、その分野にも足を踏み入れてみたい」という気持ちが強い人間だと、僕は自己分析しています。

 

そんな価値観を持っているので、「結婚して所帯を持つと、家族を常に最優先に考えないといけないのではないか?」という疑問を持つに至り、ついには「家族をいつも最優先できる自信がないし、結婚すると自分が苦しむかも...」と考えるようになりました。

 

「結婚したい」友達とのズレが発生した瞬間でした。

 

"ポリアモリー"という生き方

そんな節、たまたま『「好き」と「ネット」を接続すると、あなたに「お金」が降ってくる』の著者である、立花岳志さんのブログを拝見したときに、気になる記事を見つけました。

 

www.ttcbn.net

 

この時に初めて"ポリアモリー"という言葉を知りました。

 

ポリアモリーは「複数恋愛制」などと訳す。

 

関係者全員の合意のうえで、複数のパートナーと親密な関係を構築していくライフスタイルを指す。

出典元:ポリアモリー 〜 僕は妻と恋人を愛して生きていく [ライフスタイル](https://www.ttcbn.net/no_second_life/archives/87373)(C) 2010 Takeshi Tachibana

 

この"ポリアモリー"という言葉が気にかかって調べてみたのですが、どうやらパートナーというのは同性でも異性でも関係ないみたいですね。

 

要は『結婚した人以外にも優先して親密にしている人がいる関係性』のことです。結婚が『家族を最優先する誓いを立てること』だと考えていた僕からすると、既成概念が壊れるほどの衝撃でした。

 

ここで誤解していただきたくないのが、"ポリアモリー"はコミュニケーションを非常に大切にして、関係者全員が同意していることです。

 

浮気や不倫のように秘密裏に行われているのではなく、全員が理解した上で関係を構築しているのです。当然、誰もが最初から受け入れられる関係ではありませんし、全員が納得できる訳でもないでしょう。

 

並大抵の覚悟では"ポリアモリー"の関係を維持することはきっとできません。生まれた子供たちにどう説明するのか、周りの人たちからどんなことを思われてしまうのか…

"ポリアモリー"は茨の道、それでもそんな生き方を選択した人たちがいる。

 

世間とズレを感じていた僕にとって、"ポリアモリー"を実践する人たちは眩しく見えたのです。

 

疑問に対する答えに近い生き方を具現している人はいる

世間と違った少数意見を持った瞬間、「世界から切り離されて孤独になってしまったのかな」という気持ちになることはありませんか?

 

僕は結婚に対する考え方で、誰にも分かってもらえない寂寥感みたいなものがありました。

でも、それはきっと勘違い。

 

"ポリアモリー"という言葉を知ったことがきっかけで、僕の内部に世界が広がりました。

結婚相手だけではなく、他のパートナーも大事にして生きている人たちがいる。

 

僕が"ポリアモリー"を心の底で望んでいるのかは分かりません。ですが、"ポリアモリー"という生き方を知ったお陰で、結婚に対する価値観の呪縛が解けたのは間違いありません。

 

世間とのズレを感じて、孤独感を抱いているあなた。

もしかすると、そんな孤独を解消するような価値観を持って生きている人たちは身近にいるのかもしれません。